いい漢字『闇』と『光』
『闇』(あん)は形声文字であり 声符は「音」(おん)
「暗」は古くは『闇』(あん)と書かれ 「音」とはもと目に見えないもの
視覚ではとらえがたく かすかに聞くことのできるものをいい 日食や月食をも『闇』という
『光』(こう)は会意文字であり 「火」と「儿」(じん)とに従う
人の頭上に火光をしるし 火を掌(つかさど)る人を示す
『火』は古代において 極めて神聖なものであったから
これを聖職として掌るものがあった
毎年1月1日 年の初めの恒例行事として 「初日の出」と「神社詣り」を欠かさない
浜松に来て25年を過ぎたが 雨や曇りで「初日の出」を拝めなかったのは
わずか2回程度だろうか 過去には羽田から飛行機で飛び立ち
富士山上空を旋回して待機し 初日の出を機内から拝んで帰って来たこともある
大体浜松の日の出は 午前6時55分前後である
最初は遠州灘の海岸で 海から昇る朝日を拝んでいたが
やがて標高430mの山の中腹で 標高400mくらいのところに
展望のきく 開けた場所があり
最近ではもっぱら この場所から朝日を拝んでいる
遠州灘でも 大体水平線には雲がかかり
実際に水平線から昇る朝日は 一度も見たことがなかったし
山からの初日の出も 雲の間から昇ってくる
今年は天候に恵まれ 水平線から昇る朝日を期待したのだが
やはり 水平線近くには雲が重なり雲間からの日の出となった
毎日のように 朝日は見ているものの
1月1日に見る日のでは 神々しく見えるから不思議である
古事にのっとり 日の出の瞬間に二礼二拍して手を合わせ祈る
毎年の事だが 世界の平和と家族の無事健康を祈っている
自宅を出るのは大体6時頃で 外は真っ暗
寒い年には 車のフロントガラスに真っ白に霜が降りる
朝からお湯を掛けたり あわただしくなる
現地まで大体40分程度かかるが 一度だけ出足が遅れて
的地に届かなくなり 途中から初日の出を拝んだことがある
自宅を出る頃は 辺りは真っ暗闇であるが
現地に着くころには 東の空はオレンジ色に染まり
直ぐにでも 日の出がありそうに思えるが
やはり 気象庁から発表された時間にならないと日の出は拝めない
街から遠いこともあって 大体車で10台前後30人くらいの人が集まる
遠くは豊橋方面からも来る人もいる やはり人家や畑からの初日の出では
有難味がないのだろうか
家を出る頃は 「日の出前が最も闇が深い」の言葉通り真っ暗闇であるが
その分 星がきれいに見える
昨年は世界的な悪い出来事が多々あり また国内でも政治の混迷が続いた
初日の出は 天気さえ良ければ拝むことが出来るが
誰もが昨年通りのことをやっていたのでは 世の中は変わらない
中国やソ連のような 社会主義国も体制が崩壊して
経済に関しては 資本主義社会と大差がなくなり
このことは 社会主義という仕組みが完全ではなかったことを意味する
また米国発のサブプライムローン問題は 資本主義が不完全であることを露呈した
国の体制の中心に何を置くかで 政治体制は変わってくるが
昨今の世界の問題は 政治体制だけでなく宗教の問題も関係しており
これから 世界では何をよりどころとして政治を進めて行けば良いか
混迷して 先が全く見えないように思える
日の出のように ただ待っていれば答えが見えて来るのではなく
人間にとって 地球や世界にとって何が大切なのかを考え行動しなければならない
資本主義経済は ゆるやかなインフレを前提としているが
実際にはデフレ経済が 世界中を覆っており
真っ暗闇の中を さまよっている状況である
人は経済成長の中で 多くの物質を得た替わりに
一方では 地球環境の汚染拡大や 豊かな国と貧しい国との格差を広げ
そのことに端を発した テロが後を絶たない
暗闇にこそ星は輝いて見える 『光』とは自然から与えられるものでなく
先人が 人の手により 『火』を明かりとしたように
世界経済が闇の中にある今こそ 何が大切かが見えてくるチャンスでもある
今年行うことが 自らに対して あるいは家族に対して
さらには 周囲の人々にとって 幸せをもたらすものでありたいと願う
2009/1/1 J/N